SaaS業界の資金調達とは?
2023年12月21日
ここ数年で成長がめまぐるしいSaaS業界では、企業がどの事業ステージかによって、得られる成長機会やキャリパスも変化するため、転職活動の仕事選びにおいて非常に重要なポイントになります。投資家の視点から企業の資金調達と成長ステージを解説します。
成長を遂げるSaaS業界の現状
SaaS企業のスタートアップは成長ステージによって異なり、さらに将来大きく変わる可能性を秘めています。
成長ステージを見極めるには、投資家の視点が役立ちます。投資家は市場全体を俯瞰し、さまざまなフレームワークやビジネスモデルの知識を持っているためです。
まず基礎知識として、SaaS企業の成長モデルとして有名な「T2D3」を解説します。
SaaS企業の成長指標「T2D3」
SaaS企業の成長スピードの指標としてよく知られているのが「T2D3」です。
T2D3は、ARR (Annual Recurring Revenue:年次経常収益)が毎年、Triple(3倍)、Triple(3倍)、Double(2倍)、Double(2倍)Double(2倍)に成長することをいいます。トリプル2回、ダブル3回といった飛躍的な成長により、5年間で72倍になります。驚くべき成長のスピードです。ベンチャーキャピタリストのNeeraj Agrawal氏が2015年にTech Crunchに投稿して広まりました。
5年間で72倍に拡大するSaaS企業だけに、創業当初とはまったく違う企業になる可能性が高いといえるでしょう。企業の成長ステージによって、事業戦略や社内風土は大きく変わります。国内ではSansanやSmartHRがT2D3を達成したと言われていて、ワンルームマンションからスタートしたSmartHRの歩みを見るだけでもその変化を感じることができます。
転職にあたっては、上記のとおり自分の志望するスタートアップが数年後にはまったく違う企業に変わっている可能性を理解しておく必要があります。
投資ラウンドと資金調達の基礎知識
それでは、SaaS市場と事業成長の基礎知識を踏まえて、投資家の視点を学んでいきましょう。
まず、SaaS企業の成長段階を判断する視点として「投資ラウンド」の知識を持つことをおすすめします。投資ラウンドとは、投資家がスタートアップに対して投資を行う各フェーズです。さまざまな考え方があり、ここでは、以下の5つに分けて概要を解説します(投資ラウンドともに括弧でスタートアップでよく使われる成長ステージも記載しています)。
投資ラウンドを理解しておくことにより、面接官が話している背景の理解が深まります。また、最終面接で経営者や役員と話す場合にも、より高度な対話ができます。
入社後のギャップに悩まないようにするためにも、自分の志望先企業がどの段階にあるのか考えながら読んでみるとよいでしょう。
エンジェル
会社創業時で、事業のアイデアだけがある段階です。資金調達はサービスのプロトタイプの開発や人材確保のために行います。社員は1~2人程度であり、不確定な状態です。社長とエンジニアの二人三脚で経営している場合もあります。資金調達額は数百万~数千万円程度です。企業によっては創業者の貯蓄、家族からの出資で会社を立ち上げることも多く、そのほかはエンジェルと呼ばれる個人投資家やインキュベーターによる投資です。
シード
法人を設立し、大枠のビジネスモデルと方向性が定まった段階です。提供するSaaSはベータ版やプロトタイプとして完成しつつあります。具体的な内容や販売方法は決まっていないことがあり、リリースに向けた準備のステージといえるでしょう。社員は創業メンバーが中心で、5名ほどの規模になります。資金調達額は、数千万円~数億円程度です。個人投資家のほか、ベンチャーキャピタルから調達している状態です。
シリーズA(アーリー)
このステージになると提供するSaaSのサービスが、正式にリリースされ拡大を目指す時期です。いわゆるPMF(Product-Market Fit:自社の製品やサービスが市場に適合している状態)が達成された状態で、売上を拡大するために設備投資、人材採用、マーケティング費用などが必要になります。SaaS企業ではオンボーディングやカスタマーサクセスの部門を設置した上で、収益性の向上に注力し始めます。社員は20人ほどです。資金調達額は数億円~十数億円程度であり、ベンチャーキャピタルを中心に資金を集めます。
シリーズB(ミドル)
提供しているサービスが顧客や市場に評価され、ビジネスが軌道に乗ってきた段階です。新規ユーザーの獲得、売上増加を目指すだけでなく、上場やM&Aが視野に入り、そのために黒字化が求められます。社員は30名ほどの規模です。新規顧客の開拓、販売促進、優秀な人材の確保、顧客体験の向上、製品・サービスの改良などのため必要な資金は多くなり、資金調達額は数億円~数十億円程度で、資金調達先はベンチャーキャピタルのほか事業会社になります。
シリーズC以降(レイター)
黒字経営が安定し、上場やM&Aといったイグジット目前の段階です。事業の多角化をねらい、新規事業開発やグローバルな展開のために資金調達を行います。事業拡大にしたがって、優秀な人材の採用、管理やバックオフィスのコーポレート部門の強化が必要になります。社員は50名以上の規模に拡大し、資金調達額は数十億円程度~数百億円程度に渡るケースがほとんどです。
ベンチャーキャピタルは成長企業のどこを見ている?
スタートアップに投資するベンチャーキャピタル(VC)は、成長段階を見極めて投資の価値を判断しなければなりません。というのは投資に失敗すれば、損をするのは自分たちだからです。
転職活動も、いわば自分の将来に対する投資といえます。したがって投資家の厳しい視点を活用するとよいでしょう。ワンランク上の転職をするためには、経営者や投資家などのビジネスを俯瞰する視野を獲得すべきです。
たとえば創業間もない時期の企業、成長が安定している時期の企業について、VCは以下のような視点からチェックをしています。
成長安定期の企業はサービスと顧客をチェック
レイターステージ(シリーズCなど)の成長安定期に入った企業の場合は、創業者というよりサービスと顧客に注目します。
まずサービスに関しては、売上品目の比率に注目します。コンサルティングに依存するのではなく、ターゲットを明確に定めて、サービス自体のサブスクリプションで実績を上げていることが重要です。
顧客に関しては、ユーザー数の推移が鈍化している場合は注意が必要です。調査会社による満足度調査の結果、コーポレートサイトに掲載されている事例をチェックします。サービスの改善が滞ると解約率が高まり、顧客のサービス離れを招きます。常に顧客のために改善を続けている企業が理想です。
創業間もない企業は創業メンバーと市場の将来性をチェック
創業間もない企業では、VCは何よりも経営者に注目します。ミッションやビジョンを熱く語り、冷静なビジネス思考を持ち、徹底して結果を出そうとする経営者が有望です。創業メンバーは人柄を含めて人間性を評価することが多いようです。
優秀なエンジニアがスタッフにいること、内製化されていることもSaaS企業の有望性を判断するポイントになります。
また、フォーカスしている業界やサービスが明確であり、その市場自体に将来性があるかをチェックします。バーティカルSaaSの企業では特に重要になります。
まとめ
人間の成長と同じように企業も成長して変化します。5年で72倍に収益が拡大する成長モデルがあるSaaS業界のスタートアップ企業は、ステージによっては別の企業と言えるほど、環境が変わってしまうことがあります。「こんなはずじゃなかった」と後悔しないようにすべきです。