投資契約書における注意点―契約書作成・チェックの実務的視点

2025年10月26日

企業が資金を調達する場面、あるいは投資家が出資を行う場面では、投資契約書が極めて重要な役割を果たします。契約書が法的義務として必ず作成しなければならないものではないとしても、投資の前提条件・出資額・株式条件・権利義務・退出(エグジット)時の取り扱いなどを明文化しないまま進行してしまうと、後々大きなトラブルにつながることがあります。本稿では、投資契約書とは何かから始め、その作成・締結にあたって特に注意すべきポイントを整理し、契約書を無視して進めた場合にどんなリスクがあるのかを実務的に掘り下げます。

投資契約書とは何か

投資契約書とは、企業が投資家から資金調達を行う際、出資を受ける会社(発行会社)およびその既存株主が、出資者(投資家)との間で、出資条件・株式の種類・発行株式数・購入価格・払込期日・経営関与・表明保証・違約対応などを定める契約書のことです。
これを作成・締結することによって、出資者は自身の投資条件・リスク・退出の可能性を明確にし、発行会社は将来の事業展開・株主構成・出口戦略等を契約の枠組みの中で整理する機会を得られます。
ただし、契約書があれば万全というわけではなく、契約に盛り込む内容やその運用、契約締結後の実行の仕方が極めて重要です。

注意すべきポイント① 出資条件・株式条件の明確化

まず重要なのは、出資額・株式の発行数および種類(普通株式か優先株式か)・1株当たり払込金額・払込期日といういわば“基本条件”を契約書で明確に定めることです。
これらの条件が曖昧だったり、契約書上に「おおよそ」などといった表現で記載されていたりすると、後になって出資者と発行会社との間で解釈の相違・紛争に発展する可能性があります。特に株式の種類によっては、優先株として配当・残余財産分配に優先権を持つものがあり、これが発行会社や既存株主にとって将来不利になるケースがあります。
また、出資額に対してどのような株式を割り当てるかという点、そしてその株式が将来どのような条件で転換・買取・清算の対象となるかも重要です。条件が適切でないと、創業者側が会社の議決権を大きく失ったり、追加資金調達が困難になったり、EXIT時に創業者側の取り分が著しく小さくなったりするリスクもあります。

注意すべきポイント② 契約期間・終了条件・退出(エグジット)シナリオ

投資契約書では、出資された資金をどのように活用するか、また投資家がどのようなリターン(株式売却・上場・M&A)を想定しているかを理解したうえで、事業期間・契約期間・終了条件を契約書に明記すべきです。
例えば、IPOを目指している場合にはそのための努力義務や協力義務が定められていることがありますが、それが創業者側にとって負担となりうる場合もあります。
また、契約終了の際にどのように株式を処理するか、買い取り義務・清算優先権・転換権などの条項が設けられているかどうか、そしてそれらが実際に負担となる条件が設定されていないかを慎重に検討する必要があります。たとえば、契約違反や法令違反を起因として株式買取を求められることがあるため、その発動要件・価格決定方法・会社の財務状況に与える影響などを正しく把握しておくことが重要です。

注意すべきポイント③ 経営関与・株主の権利義務・将来の資金調達影響

投資契約書には、投資家が会社経営にどの程度関与できるか(取締役の指名・オブザーバー参加・事前承認事項など)という内容が盛り込まれることがあります
これらの条項は投資家にとってリスクを回避しつつ経営監視を行える仕組みですが、創業者や経営陣からすると経営の自由度を制限される恐れがあります。たとえば、銀行借入れや新規事業の実施・株式の追加発行などに対して投資家の事前承認を必要とする条項があると、スピードある経営判断ができなくなる可能性があります。
加えて、将来の資金調達(追加の出資)を考えると、優先引受権、ストックオプション発行制限、最恵待遇条項などが設定されていないか確認する必要があります。これらの条項があると、将来的に他の投資家からの出資を受ける際に条件交渉が難しくなったり、希薄化防止の観点から既存株主・創業株主にとって不利な状況が生まれたりします。

注意すべきポイント④ 表明保証・前提条件・契約違反条項

契約書には、発行会社および既存株主が「真実かつ正確である」ことを表明・保証する条項(表明保証)が設けられることがあります。
この表明保証は、例えば財務状況・知的財産・法令遵守・契約関係の有無などを対象とし、投資家が投資判断をする際の情報根拠となります。しかしながら、内容が広範囲すぎたり、将来起こりうるリスクまで包括していたりすると、発行会社・創業株主にとって重大な責任・リスクへとつながる可能性があります。
さらに、契約違反・法令違反・重要事項の虚偽記載などがあった場合に、株式買取請求・損害賠償請求の権利が投資家側に認められることがあります。こうした条項の発動要件・価格算定・時期・会社負担の大きさについて、契約書の文言を慎重に確認すべきです。

注意すべきポイント⑤ 契約書のひな形利用とリーガルチェックの必要性

起案側・投資家側ともに、インターネット上にある契約書のひな形をそのまま用いるケースがあります。しかし、これは非常に危険です。ひな形はあくまで一般的な雛型であって、会社の実情・出資条件・将来展開・株主構成などを反映していないため、ひな形を安易に流用すると、創業者側が気付かぬうちに不利益を負ってしまう可能性があります。
契約書を作成・締結する前には、必ず専門の弁護士等のリーガルチェックを受け、契約当事者双方にとって公平・合理的な条件となっているか、経営上支障を来さないかを確認することが重要です。

実務上の留意点とトラブル事例

実務においては、創業者・発行会社が資金調達を急ぐあまり、出資者の提示する契約書を十分に精査せずに署名・締結してしまった事例があります。その結果、目標未達・事業方針変更・M&Aが実現できないといった局面で、投資家から株式買取請求を受けて会社が資金的に逼迫するというケースも報告されています。
また、投資家が優先株式を多く取得していたために、EXIT(上場・売却)の際に普通株式保有の創業株主の取り分が極めて少額になってしまったという事例もあります。
したがって、契約締結前に「将来起こりうるリスク」「EXIT時の分配構造」「経営支配権の変化」「追加資金調達の可能性」「契約違反になった場合の負担」などをシミュレーションしておくことが賢明です。

まとめ

投資契約書は、投資家が出資を通じてリターンを確保し、発行会社・創業株主が成長を実現するという双方の目的を契約によって明確化するための重要な文書です。しかし、その内容を慎重に検討せず、ひな形のまま、あるいは出資急ぎのあまり深く理解せずに締結してしまうと、将来の経営の自由度を失ったり、EXIT時に思わぬ不利益を被ったり、会社自体が資金難に陥るというリスクがあります。
契約書に盛り込むべき主要な論点としては、出資・株式条件・経営関与・ EXIT 構造・表明保証・違約条項・将来の資金調達影響・契約終了条件などが挙げられます。さらに、契約書の草案段階から専門家の意見を仰ぎ、自社や投資家双方にとってバランスの取れた内容に交渉・修正を行ったうえで締結することが不可欠です。
資金調達の成功だけではなく、資金調達後の企業価値向上、ガバナンスの適正化、経営権の確保、そしてEXIT戦略の実行という視点を総合的に捉えて、投資契約書を“契約上の事務処理”として終わらせず、将来を見据えた戦略的な文書として活用していきましょう。